江藤智ロングインタビュー(夕刊フジ)
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作成日時 : 2008/12/02 12:28
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「星一徹」に育てられて…西武・江藤智内野手(上)
パ・リーグ、日本シリーズ、そしてアジアシリーズを制した西武。渡辺久信監督(43)をして「若いチームを支えた、陰のMVP」と言わしめたのが、チーム最年長の江藤智内野手(38)だ。バリバリの全盛期とはまた違った形で存在感を示す江藤の立ち居振る舞いは、サラリーマン諸氏が会社で生き抜く上でもきっと参考になるはずだ。(聞き手=夕刊フジ・宮脇広久記者)
実は記者には、上司から「江藤にインタビューするなら、ぜひ聞いてきてくれ」と命じられていた事柄があった。
−−「江藤の父親(善吉さん=69)は、星一徹のようなスパルタ親父だったらしい」って言うんだけど
「確かに怖かったよ。厳しかった。ウチにはちゃぶ台はなかったけれど、テーブルの上の物をバ〜ンと払ったりとか」
−−「ひょっとすると大リーグ養成ギプスを着けさせられていたんじゃないか」って、その上司が
「してない、してない(笑)。しつけに関しては手も出たけれど、野球がうまくいかないからといって殴ったりはしなかった。僕が中学のころ、親父が僕の野球にハマっちゃって、シニア(東京・東村山シニア)の練習を毎回見に来るようになった。練習に口出しはしなかったけれど、帰宅してから、『何であんなやつのボールを打てないんだ』とか、テレビのプロ野球中継を見ながら『この選手はこうなってるだろ。お前はこう打ってるからダメだ』とか」
−−文化放送ライオンズナイターで「微笑みのバズーカ」の異名で呼ばれているほど、常に笑顔を絶やさない穏やかな江藤が、そんなお父様に育てられたなんて、信じられない
「その代わり、母(光子さん=60)がすごく優しかった。この父には、この母でなかったら、絶対に家庭崩壊していたと思う(笑)」
−−そんな絶妙のバランスのご両親に育てられた性格ゆえか、今季は42試合出場にとどまったけれど、1年を通じてベンチ入りし、ナインから「陰でチームを支えた功労者」と称えられている
「みなさんが良く言ってくれてますけどね、僕は何もしていないよ」
−−たとえば、大久保打撃コーチはこう説明している。「僕が試合中、カッとなって後藤(武敏内野手)に『てめえ、何であんな中途半端な打撃をしやがるんだ?!』と怒鳴ってしまう。するとその後、ベンチの隅の方から、江藤が後藤に『デーブさんが言いたいのはこういうことなんだぞ』とフォローしてくれているのが聞こえてくる」と。
「頼まれてやっているわけではない。僕自身もそうだけど、コーチからバ〜ンと言われると、素直に聞けない時ってあるんですよ。そういう時は、違う目線からちょっと言ってあげると、聞きやすくなる。若い選手に納得できていない雰囲気があった時、少し口をはさませてもらっている。その程度のことです」
−−日本シリーズで大活躍した平尾は「実は今年5月、本当に野球をやめようと思ったほど悩んでいた。遠征先の千葉のホテルで、江藤さんの部屋を訪ねた。いろいろ話をしてもらって、最後は涙が出そうになって、(江藤さんに)抱きついてしまった」って
「フフフ。中堅(32歳)のヒロシ(平尾)がいてくれることは、僕にとって貴重ですよ。僕はあまりしゃべらないタイプだけど、言いたいことをヒロシが全部しゃべってくれるから。ヒロシが『言っちゃっていいですか』と聞いてきて、僕が『言っちゃえ、言っちゃえ』とか『それは今はやめとけ』とか」
−−なぜか、年上の渡辺監督や大久保打撃コーチからも「江藤さん」と呼ばれているよね
「そうなんですよ。なぜなのか、いつ、誰が始めたのかわからないけど。ヘッド(黒江ヘッドコーチ=69歳)も『江藤さん』って」
【役割を考えて】
−−逆に、江藤が本塁打を打った時には、平尾が音頭を取り、若い選手たちの間から『アキラ! アキラ!』と呼び捨てコールが沸き起こった
「一応僕は年上なんだけど(苦笑)。でも、そこはうれしい所でもある。若いチームに溶け込まさせてもらっているみたいな感じがするし、あいつらも喜んでくれているんだとうれしくなる」
−−今の江藤は、技術を磨いて結果を出すだけでなく、チーム内での立ち位置とか役割を凄く考えているように見える
「僕が考えているというより、監督やデーブさんがそういう雰囲気を作ってくれている。こうした方がいいのかな、こういう役割が自分に来ているのかな、と僕が自然に思うように仕向けてくれている。『江藤さん』と呼ばれているのもその一環。あの人たちから見たらガキんちょなのに、そう呼ばれることで、一目置いてもらっているみたいな、『若いやつらに何かあった時は、お前がちょっと助けてやってくれよ』というスタンスを与えてもらっている気がする」
巨人移籍「後悔ない」…西武・江藤智内野手(下)
西武日本一の「陰のMVP」とも呼ばれている江藤智内野手(38)への直撃インタビュー後編。期待薄のドラフト5位で広島に入団し、本塁打王2度、打点王1度を獲得してスターの座にのし上がった。FA移籍した巨人では、2度の日本一などに貢献したものの、最後は人的補償選手として西武へ放出される屈辱を味わった。波瀾万丈の20年を過ごした男が抱く、ヤングライオンズへの思いとは−。(聞き手=夕刊フジ・宮脇広久記者)
今季の西武は、大久保打撃コーチが「アーリー」(早出特打ち)を導入した。本拠地西武ドームで試合がある日のうち、ナイターの日は正午頃、デーゲームの日はなんと午前7時から、フリー打撃が開始され練習量が激増。大久保コーチは「決して強制はしていない」と言うが、全選手のうち80%以上、中島と外国人を除くほぼ全員が毎日参加していた。
あの巨人をも上回る今季12球団トップのチーム本塁打198を誇った強打線は、こうして鍛え上げられた。
−−ナインからは「あれだけの実績があり、しかもチーム最年長の江藤さんが欠かさず参加しているのを見ると、自分もやらないわけにいかなくなる」との声も聞かれた
「でもね、僕が広島に入団した頃、アーリーという名称こそなかったけれど、正午頃から特打ち、特守なんてざらだったよ」
−−当時の広島は球界No.1の練習量、厳しさで恐れられていた
「そのチームで、僕は“重要強化選手”だった。当時の大下ヘッドコーチが物凄く厳しいコーチで、連日ボコボコ。でも、あの時にガムシャラにやらせてもらえたおかげで、今の僕があるのだと思う。広島時代にああいうことがあったから、いまアーリーに参加したい気持ちになるのかもしれない。結局この世界はやったもん勝ちだよ」
−−その広島から、00年に巨人へFA移籍。6年間の巨人時代は波瀾万丈だった。最後は巨人にFA移籍した豊田の人的補償として西武へ放出されるという屈辱を味わわされた。江藤にとって巨人時代とは?
「後から思えば、いろいろあって楽しかったよ。野球だけでなく、人間関係とか、いろいろなことを学ばせてもらった。確かに、あらゆる面で特別な球団だとは思うね。今でもそうだけど、(毎年のような大補強で)人はどんどん入ってくる。ただし、僕は人的補償で出された時も、何も文句は言わなかった。それは僕自身がよそから入ってきて、その時に誰かを押しのけた人間だから。(04年に)小久保(現ソフトバンク)が入ってきてレギュラーを奪われた時も、いろんな気持ちはあったけれど、何ひとつマスコミに言ったりはしなかった。そして心の中でいろいろ学ばせてもらった」
−−巨人入りする際、当時の長嶋監督の口説き文句は「荒波に向かって来なさい」だったよね
「本当に荒波だった(笑)。揉まれている最中はきつかった。『このまま沈んでっちゃうの? どこかの岸にはたどり着けないの?』って思っていた。でも、ライオンズという良い所にたどり着いた」
−−巨人に移籍したことを後悔していない?
「全然後悔していない。確かに周りには、広島に残っていたらああだったこうだった、と言う人はいる。タラレバはあるけれど、人生は1つしか選べないから、どうなっていたかわからないよ。まして自分で選んだ道だし。少なくともプロ21年目の来季もユニホームを着られるのだから、幸せだよ」
−−来季の打撃コーチ兼任を打診されたそうだけど…
「断らせてもらった。今年のように、目に映ったもの、感じたことを若い選手にちょこちょこアドバイスすることは来年も同じようにやるつもり。でも、たとえ兼任であっても『コーチ』の肩書が付いてしまったら、それはもう仕事だから責任を持ってコーチをやらなきゃいけなくなる。そうなったら、選手はいつやればいいの? 僕はまだ選手に未練がある」
−−あくまで一選手として挑戦する来季への抱負を
「選手として出番を求めたいけど、この年齢になると、これだけ若いチームでもあるし、求められない状況もある。いつでも試合に出られる備えをしながら、チームを勝つ方向へ持って行く備えもしたい。このチームが好きだし、勝ってほしいから、力になれることはなんでもしたい」
逆境でこそ学べることがたくさんある。第一線でバリバリ働けない状況になっても、組織に貢献する道はいくらでもある。実に多くのことを江藤は教えてくれる。
どんな組織においても生かされる内容では必ずしもないかもしれないが、これも江藤の両親の教育の賜物ではないだろうか。
本人よりもむしろ江藤の両親のほうに突っ込んでくれる企画が持ち上がればありがたいのだが…
緒方がコーチ兼任を受け入れていく中で、同じ時代を過ごした江藤は兼任拒否…
あのころのカープのメンバーも様々な道に分かれ、現役でいる選手も残り少なくなってきたが、みんな1年でも長く現役でいてほしいし、かつやめるとならばすっきりとした最後を飾ってほしい。
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